おお さか は り こ
大阪張り子


【沿革・特徴】

 張り子人形は、木型に濡らした和紙を貼りつけ、乾燥の後に型を取り出した空洞の紙製人形です。
 既に桃山時代以前から子供の玩具として生産されていましたが、江戸時代のはじめ頃、材料となる反故紙が大
量に出る京都、大阪の2地域で産地が形成されたほか、紙の生産の増大、流通の発達とともに日本の各地で生産
されるようになったといわれています。

 江戸期の1822年と1858年の2回、大阪でコレラが大流行したとき、大阪道修町の薬種問屋が、漢方薬の虎
頭骨等を配合した「虎頭殺気雄黄円」という薬を作ったところ、大変効き目があり、この後道修町の守護神である
少彦名神社の参拝者に、魔除けとして張り子の虎を配ることになりました。

 このように張り子人形は虎、だるま、面などの多くの種類が作られ、病除けや置物として、今日でも多くの人
に親しまれています。

【指定年月日】
平成6年4月1日
【主な産地】
柏原市